散骨が増加する背景と条例や法整備

  • 散骨で弔われた有名人と現在の傾向

    • 散骨は、ヤムナー川とガンジス川及び南アフリカの海で葬送されたインドの非暴力運動の指導者かつ政治家であったマハトマ・ガンジーやデラウィア沖で葬送されたアルベルト・アインシュタインで知られる葬送方法です。
      しかし、日本国内にはキリスト教やユダヤ教、イスラム教などの宗教の様に死体の形態にこだわる宗教的慣習が古来から現代社会に至っても無く、経済的余裕のある貴族や現在に至る皇室では遺体が腐敗し白骨化した後に土葬で葬送される殯が行われ、殯は現在の通夜の起源ともされています。



      一般庶民は、遺体を河原や山野に打ち捨て風葬や鳥葬の形で葬って来た経緯に加え、江戸時代の寺院の維持を目的とした檀家制度の強制により遺体を棺桶に納める土葬が戦後初期まで主流を占めていたので散骨は皆無に等しいと言えます。



      日本国内の散骨の記録は、平安時代初期の840年に大原野の西山山頂付近で葬送された第53代淳和天皇が知られる程度で、昭和23年に制定された墓地、埋葬等に関する法律の第4条が足かせとなり、1991年まで行われていなかったのが現状です。



      しかし、散骨は墓地不足や墓地の高騰に悩まされる都心部には適している葬送方法として認知度が高く、都市部では自分の思い出が詰まっているはずの田舎よりも沖縄やハワイなど暑く美しい海への海洋葬が人気です。
      現在では、地方自治体の条例や制限の厳しい日本国内よりも、公道以外への散骨が可能なフランスなどの海外を希望する故人も増加傾向にあります。